2012年08月25日

いろいろなソフトウェアやライブラリが無料や超安価に使えるようになったことや,ソースコードを無料で公開しあうことが,本当に自分たちのためになっているのかどうか,私にはいまだに判断がつかない.

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いろいろなソフトウェアやライブラリが無料や超安価に使えるようになったことや,ソースコードを無料で公開しあうことが,本当に自分たちのためになっているのかどうか,私にはいまだに判断がつかない.
確かに,いろいろなことが手早くやりやすくなったし,自分のスキル上げにも有用だけど,手早く誰でもできるようになったことの弊害が,今後,自分たちや自分たちの子孫に悪い影響として波及するような気もしている.

端的にわかりやすいのは,無料や超安価に誰でもできるようになったことで,各人(各所)の収入がかなり減ったこと,がある.
昔だったら「できるところでしかできなかった」わけで,それはそれなりに値打ちのある貴重な収益源だ.
(ぼったくる,という話とは別)
ところが,だれでもどこででもできるのだったら,別にそこに高いお金を出して発注する必要はないわけで,同じことを安くやってくれるところに頼んでしまいがちになる.

似たような話として,ドキュメントの翻訳なんかもある.
たとえば,昔だったら,「英語ドキュメントを読みこなせる人だけしかできなかった仕事」というのもあったわけで,それはそういうスキルのある人たち(会社)にとっては,それなりに値打ちのある貴重な収益源だ.
ところがいまは,日本語ドキュメントがふんだんにあるわけで,とりたてて英語が読めなくても仕事ができてしまう.
多くの人ができるようになってしまったのでひとつひとつの仕事が安くなってしまった上に,多くの人ができるようになってしまったことでこの安い仕事を取り合うハメなった.

もうちょっと話を進めると,「ドキュメントの翻訳」という作業自体も,仕事としてお金を得ていた人たち(会社)もあったわけで,いまの世のように無料でドキュメントをがんがん翻訳されてしまうと,そういう人たちは仕事そのものがなくなってしまう.


ただもどかしいことに,私なんかも,いろいろなソフトウェアやライブラリが無料や超安価に使えるようになったことや,ソースコードを無料で公開しあうこと,翻訳済みドキュメントがあふれていて無料で読めることの恩恵もかなり受けている.

この状況が,自分たちや自分たちの子孫にとってイイコトなのか,実はマズイコトなのか,いまだに私には判断がつかない.
20年とかいうスパンでみたときには,確かにイイコトだ(イイコトだった).
1990年に比べて,すんごく楽になったし,お金もあんまりかからなくなった.

じゃあ,この先 20年後は,どうなのだろう.
「おっちゃんがが安く仕事しちゃったから,ウチはオマンマ食い上げやー.なんでタダで晒すねん.」
みたいなことがありそうな気がする.
それが自然な流れだとも思うけれども,そこまでしてオープンに(フリーに)することってホントにイイコトなのかなぁ,と.
だれからも要求されてないのなら,率先して晒しまくることもなかろう,とも思うわけです.
もちろん,晒しておくことによって,「この人はスキルがあるな,それならウチで雇おう(囲い込んでしまおう)」ということもあるわけだけども,そういう状況って,今後20年はどんどん減っていくんじゃないかなぁ,と.




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posted by NOIKE at 02:40 | 東京 ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | コンピュータ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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